家風広場の文化的暗号を解読する

東華禅寺において家風広場は、寺院全体の精神的な中心地であると言える。広場に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは、仏教の故事である「五龍が観音を拝する」という芸術的な表現である。五龍は護法神として厳かな姿で観音を拝し、仏法の神聖さと威厳を余すところなく示している。そして、広場に刻まれた東華の家訓「宗教を信仰する前に愛国心を持ち、仏法を学ぶ前に善人となり、修道の前に発心(ほっしん)する」は、東華禅寺の核心となる精神を簡潔かつ力強い言葉で表現している。

「宗教を信仰する前に愛国心を持つ」は、仏教と国家への思いが密接に結びついていることを深く示している。仏教は国境を越えるとはいえ、仏教徒は常に祖国を心に抱き、古来より国家と国民の利益は常に宗教の利益に優るものであった。これは「仏法は世間の法を離れず」という教義と一貫しており、仏教が積極的に社会に溶け込み、愛国献身の精神的な境地を明らかにしている。

「仏法を学ぶ前に善人となる」は、仏法を学ぶことと修行の根本を明らかにしている。仏法を学ぶことと善人となることは元々一体であり、仏教は五戒十善を人としての基準とすることを説いている。これは世の中で身を立てていくための規範であるだけでなく、仏法修行の基礎でもある。人間として正しくあることによってはじめて、仏法を学ぶ道を着実に進むことができるのである。

「修道の前に発心(ほっしん)する」は、精神修養の核心を解き明かしている。発心とは、無私の献身であり、信仰と理想のために全力を尽くす決意である。世間での追求であれ、世俗を離れた修行であれ、理想のために払った努力は、最終的に相応の報いを得るだろう。

家風広場から出発し憶仏殿へと続く道を進むと、道中には禅の心に満ちた多くの景色に出会うことができる。養正堂は孔子の「童蒙養正(どうもうようせい)」の理念を受け継ぎ、道心、正気、正見(しょうけん)を育むことに尽力しており、仏門の「八正道」と呼応している。普賢楼と執事楼はそれぞれの職務を担い、寺院の秩序ある運営を支えている。密教の時輪金剛塔は、時間の流れと仏法の永遠性を象徴している。

特筆すべきは、憶仏殿の前にある樹齢千年の菩提樹である。26本もの菩提樹の古木がミャンマーとタイから集められており、その規模は珍しい。憶仏殿の門前には雄と雌の菩提樹が二本ある。雄は高く茂り密集しているが、雌は散り散りになって花を咲かせ、種を実らせている。陰陽の調和は、自然の驚異を物語っている。また、千葉宝蓮は「三年ごとに花を咲かせ、三年ごとに実を結ぶ」という独特の生育サイクルで、仏法における天地人合一の哲学思想と呼応しており、説法が天の道と人の道に合致した時には、天女が花をまき、大地から金蓮が湧き出すという瑞祥の光景が現れるとされている。

【出典】東華禅寺

翻訳/古橋奈津子